イングリッシュ・プレミアリーグにおける
スポンサー業種の非制限がもたらした効果
The impact of the rule for main sponsorship
without industry restriction in English Premier League
スポーツ産業学会掲載 Vol24(2014) No,2 p.2_241-2_248
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sposun/24/2/24_2_241/_pdf
1.背景
1888年にイングランドのトップリーグとして誕生したFootball Leagueは、放映権の分配方法やスタジアム設備の問題を抱えていたため、アーセナルやチェルシーなどが主体となりFootball Leagueからの脱退と新リーグの設立を計画し、1993年にFootball Leagueから分離する形でイングリッシュ・プレミアリーグ(以下プレミアリーグ)が誕生した。1) 現在では、プレミアリーグは世界で最も総収入の多いプロサッカーリーグとなっており、2011/12シーズンのプレミアリーグ20クラブの合計収入は約£2.3billionに達している。2)
プロサッカークラブの主な収益源(以下3大収入)は「入場料収入(Matchday)」「放映権料収入(Broadcasting)」「広告料収入(Commercial)」となっており、2011/12シーズンにおけるプレミアリーグ所属クラブの収入構成比は、「入場料収入:放映権料収入:広告料収入
= 23%:51%:26%」であった2)。開幕当初のプレミアリーグは、3大収入の中で放映権料収入が最も少なく、入場料収入と広告料収入に依存した経営となっていた。3) しかし、現在では80の異なる放送局が212の国と地域で放送しており、累計の視聴者数は47億人に達し、プレミアリーグは国内だけでなく海外からの放映権料を獲得することに成功し、収入構成の約51%が放映権料収入となるなどクラブの大きな収入源となったのである4) 。
また入場料収入に関しても2011/12シーズンに476,776枚の成人シーズンチケットを販売し、過去最高記録を達成した5)。しかし、近年のプレミアリーグクラブのチケット料金の高騰に対してサポーターからデモが起こるなど、多くの問題を抱えており、これまでのようにチケット料金を上げることが難しくなっているのも事実である5)。広告料収入に関しては、2011/12シーズンのプレミアリーグクラブは前年度比15%上昇となる総額
£600millionを記録した2)。その背景には、マンチェスターに本拠地を持つ、マンチェスター・ユナイテッドとマンチェスター・シティの両クラブが新規スポンサー契約を結んだことが影響している2)。
広告料収入に関しては、ユニホームに表示される「キットサプライヤー広告」や「メインスポンサー広告」、またスタジアム内に設置される「スタジアム広告看板」やスタジアムの命名権を販売して得る「ネーミングライツ権」の収入などが含まれる。近年では、マンチェスター・ユナイテッドがユニホームスポンサーとは別に、トレーニングウェアーと練習場のネーミングライツのスポンサー契約を大手保険会社のAonと結び8年総額£120millionで結んだことで大きな話題となった6) 。しかし、広告料収入はクラブの人気度に最も左右されやすい。プレミアリーグにおいては「入場料収入」「放映権料収入」「広告料収入」の中で最もクラブ間の格差が大きくなっており、実際に広告料収入で最高額を記録したマンチェスター・シティの£121millionに対して、ウィガン・アスレティックは最小額の£2.9millionであった7)。
プレミアリーグは、放映権料の分配に関しては、“ビッグ5”と呼ばれる欧州主要リーグ(イングランド、ドイツ、スペイン、イタリア、フランス)の中でも、最も公平に分配されており7)8)、また、入場料収入についてもリーグ全体の集客率が90%を超えているため、広告料収入ほどの差は見られないのである2)。 プレミアリーグに関する先行研究として、Szymanskiら9)が、イングランドのサッカーリーグの1部から4部に所属するクラブにおける選手賃金と成績との関係を検証するために、1978/79から1998/99シーズンの20年間と1997/98シーズンの1年間の2つの期間を対象として、成績と選手賃金について単回帰分析を行い、選手賃金への支出がより多いクラブがより良い成績を残していることを明らかにした。また、Nauright & Ramford10) はプレミアリーグの劇的な発展の裏には、2002年頃から世界中の企業や投資会社、また個人から興味関心を持たれるようになったプレミアリーグクラブを買収する外国人オーナーが増加したことが影響していると述べており、チェルシーを買収したロマン・アブラモヴィッチや、リバプールFCを買収したジョン・ヘンリーなどロシアやアメリカからの流入した多額のお金がプレミアリーグ発展の要因のひとつとなったと述べている。しかし、プレミアリーグの近年の発展について広告料収入という視点から明らかにした論文はない。先述したように、広告料収入の収入源となるものは多く存在しており、その中で大きな収入源の一つとしてユニホームのメインスポンサーが挙げられる。Football Association (以下FA) は、開幕当初からユニホームのレギュレーションについて「スポンサー企業名はユニホームの表面に1社のみ(キットサプライヤーを除く)表記が可能となっており、それ以外の部分に関しては一切認められない。」とのみ記載されており、スポンサードする企業の業種に関して制限を行っていない11)。そこで、本研究では、イングリッシュ・プレミアリーグの近年の成長要因に関する研究として、「広告料収入」という視点から明らかにすることを目的として研究を行った。
2. 研究手法
2.1. 調査対象
本研究では、各年度にプレミアリーグに所属していたクラブを調査対象とした。調査対象期間については、各クラブのオフィシャルホームページに掲載されていたデータの内、全所属クラブのメインスポンサー企業が収集できた96/97シーズンから2012/13シーズンまでを調査対象データとした。
2.2. 分析手法
プレミアリーグクラブのユニホームメインスポンサーとしてスポンサードしている企業の本社(head quarter)が所在する地域のデータを収集し、スポンサーの地域の変遷を調査した。また、プレミアリーグクラブのユニホームメインスポンサーとしてスポンサードしている企業の業種データも収集し、1999年から5年間毎に業種の変遷について調査を行った。業種の分類方法については、Googleの検索エンジンにて企業名を検索した後、企業HPもしくは、Wikipediaに記載されているindustryを元に[表1]のように分類を行った。
3. 研究結果
1996年にプレミアリーグクラブをスポンサードしていた企業の特徴として、欧州に拠点を置く企業が13社であった。次いで北アメリカに拠点を置く企業が5社、アジアに拠点を置く企業が2社となっており、ともに日系の企業であり、俗に言う「先進国」がスポンサードしていた。(JVC:アーセナル、シャープ:マンチェスターユナイテッド)。
しかし、近年のプレミアリーグクラブをスポンサードする企業の傾向として「発展途上国」であり、アジアに拠点を持つ企業の件数が増加しており、特にタイやシンガポールなどのASEANの企業が増加していた。毎年10社以上の欧州に拠点を置く企業がプレミアリーグクラブに対してスポンサードしていたのに対して、北アメリカに拠点を置く企業は1996年の5件をピークに減少しており、2013年には1社のみとなった。
これは1999年から2003年までにプレミアリーグクラブのメインスポンサー契約(胸スポンサー)を結んだ企業を調査したものである。最も多くスポンサードしている業種はtelecommunicationとなっており、24件を記録した。また、その特徴としてイングランドに拠点を置くtelecommunication企業が18件となっており、国内企業がプレミアリーグクラブを広告媒体として使っていたことがわかった。
次に2004年から2008年までの業種別スポンサード数については、オンラインベッティング会社やカジノ会社を含むGamble系の企業が最も多くなっており、12件を記録した。そのうち、8件がイングランドに拠点を置くオンラインベッティングの企業であった。その他はマルタやアイルランド、フィリピンに拠点を置くオンラインベッティングの企業であった。
最後に2009年から2013年までの業種別スポンサード数についても、gamble系企業が最も多くなっており、19件を記録した。そのうち、12件がイングランドに拠点を置くオンラインベッティングの企業であった。マレーシア、フィリピンに拠点を置く企業のスポンサードも見られた。
4. 考察
4.1 その時代を表すプレミアリーグスポンサー
プレミアリーグクラブのスポンサー企業は、その時代の産業を表していると考えられる。日本において、1995年頃から携帯電話の加入者が増加しており、telecommunication関連企業が急成長した時代であると考えられる12)。プレミアリーグクラブのスポンサーは1999年から2003年の間では、telecommunication関連企業が最も多くなっており、勢いのあるtelecommunication関連企業がプレミアリーグクラブに対して投資することができたと考察される。2002年には02がアーセナルFCに対して、またVodafoneがマンチェスター・ユナイテッドに対してスポンサードするなど20クラブ中7クラブがtelecommunication関連企業であった。
また、近年の傾向としてgamble系企業が増加していることについては、市場規模が£435billionから£625billionと呼ばれるスポーツベッティング産業の発展(その中でも、70%がサッカーに関するベッティング)が背景にあると考えられる。特に転機となったのが、1998年のワールドカップと2000年のユーロとなっており、インターネット、また携帯電話の普及が進み、また放送技術の発展により、世界中でサッカーの試合を生中継できるようになったことが影響している13)と考えられる。
4.2. アジアに拠点を置く企業の増加
アジア系企業が増加していることに関しては、国内での広告宣伝に規制がかかっており、CM広告を流せない国やCMを流せる時間帯が制限されている国が多く存在しているため、アジア地域での人気が最も高いプレミアリーグクラブのスポンサードをすることで、アジア地域の知名度を上昇させる手段として「プレミアリーグクラブのスポンサード」を行っていると考えられる。例えば、タイ国内でのCM放送が2003年10月に発行されたテレビCM放送時間制限により、午前5時から午後10時まで不可となったため、翌年の2004年からプレミアリーグのエバートンFCのスポンサードを開始したChang Beer (ThaiBev)は、CM宣伝の規制により縮小された宣伝時間を補うために、サッカークラブを使った宣伝活動を開始したと考えられる14)。
Chang Beer (ThaiBev)はエバートンFCのユニホームスポンサーだけでなく、ホームスタジアム内でChang Beerを販売する権利も持っている。また、それだけでなく、タイ国内でエバートンFCとChang Beer(ThaiBev)とバンコク市が設立したフットボールアカデミー(Chang-Everton Football Academy)が存在している。エバートンFCに所属する選手をコーチとして招きサッカー教室を開催するなど、現地でのプレミアリーグ人気を更に後押しする活動がスポンサーの力によって開催されていた15)。
4.3. プレミアリーグのスポンサー企業の業種非制限
先述したように、プレミアリーグはクラブに対してスポンサードする企業の制限を行っていない。それにより、1990年代後半はtelecommunication関連の企業が多くスポンサードしており、また近年の特徴としてはgamble系企業が多くスポンサードしていることがわかった。このように、スポンサー企業の業種非制限化により、その時代に勢いのある企業や、お金を持っている企業をプレミアリーグに取り込むことができたことが、プレミアリーグが発展することが出来た要因の一つであると考察された。
5. 結論
本研究では、イングリッシュ・プレミアリーグの近年の成長要因に関する研究として、「広告料収入」という視点から明らかにすることを目的として研究を行った。
調査対象クラブは、プレミアリーグ所属クラブの全データを揃えることが出来た1996/97シーズンから2013/14シーズンの年度毎にプレミアリーグに所属していたクラブを対象とし
(1)スポンサードをする企業の拠点
(2)スポンサードをする企業の業種
について調査を行った。
調査の結果、近年のプレミアリーグクラブをメインスポンサーとしてスポンサードする企業の特徴として(1)Gamble系企業の増加(2)アジアに拠点を置く企業の増加が明らかになった。プレミアリーグクラブに対してスポンサードする企業は、その時代に勢いのある産業・企業となっており、近年の特徴としてgamble系企業が増加していた。また、アジアに拠点を置く企業の増加が明らかとなり、現地でのCM宣伝に制限のかかっている業種(Gamble系、アルコール飲料)のスポンサード件数が多くなっていることもわかった。スポンサー企業の業種非制限化により、その時代に勢いのある企業や、お金を持っている企業を、無制限にプレミアリーグに取り込むことができたことが、£2.3billionという総売上を誇るリーグにまで発展することが出来た要因の一つであると考察された。
参考文献
1)
Sky Sports; The Night Football
Changed Forever(TV番組), (2013年1月30日(水) 18:00~18:50 NHKBS1にて放送)
2)
Deloitte; Annual Review of
Football Finance 2013, 22nd edition, 2013.
3)
Deloitte; Annual Review of
Football Finance 1996, 5th edition, 1996.
4)
The Official Website of the
Barclays Premier League; The world's most watched league,
http://www.premierleague.com/en-gb/about/the-worlds-most-watched-league.html, (2014年6月18日アクセス)
5)
BBC; Price of Football –
Premier League sees some rises in cost, http://www.bbc.com/sport/0/football/24012939,
(2014年6月18日アクセス)
6)
CNN ; Manchester United pen new
multi-million dollar Aon deal http://edition.cnn.com/2013/04/08/business/manchester-united-aon-deal/
(2014年7月9日アクセス)
7)
Deloitte; Annual Review of
Football Finance 2012, 2012
8)
Sedghi, A.; Premier League
broadcasting revenue: how is it distributed?, The Guardian, 12 October 2011,
http://www.theguardian.com/news/datablog/2011/oct/12/football-broadcasting-deal-liverpool,
(2014年6月18日アクセス)
9)
Szymanski, S. and Kuyper, T.; Winners
& Losers, Penguin Books, pp.157-193, 2000.
10)
John Nauright and John Ramford;
Who owns England’s game?American professional sporting influences and foreign
ownership in the Premier League Soccer and Society , pp428-441, 2010
11)
THE FA KIT AND ADVERTISING
REGULATION SEASON2012-13, pp7-13, The FA.com
13)
BBC; Football betting - the
global gambling industry worth billions, http://www.bbc.com/sport/0/football/24354124
(2014年8月1日アクセス)
14)
植竹立人;アルコール飲料広告規制, 2006年11月21日、http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Overseas_report/pdf/200611_uetake.pdf
15)
Chang Beer & Everton
Football Club , http://everton.changbeer.com
(2014年7月9日アクセス)
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